三鷹以西運用


▲早朝の中央線を快走 末期になってから三鷹以西、さらには武蔵小金井以西で定期的に見られる様になったのは皮肉
2000.10 国立-西国分寺 撮影・提供 佐久間貴紀氏


▲立川発は武蔵小金井から回送で送込み 下写真の夜の立川行と共に、この区間での黄色の103が半ば普通なことに
2000.10 西国分寺-国立 撮影・提供 佐久間貴紀氏


▲定期運用ラシ車による37C運用2237C「立川行」 209-500増備までの暫定的なものとはいえ低運車が来るとちょっと驚き
2000.3 三鷹 撮影・提供 佐久間貴紀氏


▲立川に到着 折返し回送で武蔵小金井に向かう 後ろは青梅・五日市線の103系
2000.11.9 立川 撮影・提供 佐久間貴紀氏


▲立川から回送されて来たE231と終着武蔵小金井に到着した103 運用が乱れると103系同士の顔合わせが見られた
2000.11.10 武蔵小金井 撮影・提供 佐久間貴紀氏


▲以前なら103系の武蔵小金井行といえば大晦日の終夜運転が思い浮かぶところだが、終焉間際まで普通に見ることができた
2001.1 三鷹 撮影・提供 佐久間貴紀氏


▲武蔵小金井始発の千葉行となるべく出庫線に待機するラシ317 後ろには同じくムコ区停泊のE231など緩行用車が見える
2000.10 武蔵小金井電車区 撮影・提供 佐久間貴紀氏


▲武蔵小金井発千葉行の666C メイン使用区間の三鷹-千葉間では見られない地上複線区間を行く
2000.7.16 武蔵小金井-東小金井 撮影・提供 佐久間貴紀氏

1998年12月8日のダイヤ改正で、習志野区C運用の三鷹以西への定期運用が登場、黄色の103系が三鷹以西の地上複線区間走行シーンを日常的に見ることができる様になった。

103系では性能的に三鷹以西のスジに乗れないと言われてきたが、209系500番代が習志野区に投入されることとなり、それを見越して三鷹区車の三鷹以西乗入れ運用が習志野区車に振返え、ただし209−500が出揃うまでは103系も混用されるため三鷹以西に入る姿が見られる様になったもの。

例年、大晦日の終夜運転では習志野車による武蔵小金井が見られた他、東中野事故・大月事故関連による三鷹区への103系応援編成での三鷹以西運用はよく見られたものの、習志野区103系の日常的な三鷹以西乗入れは初めて。

運用的には65C〜67Cの2運用が武蔵小金井区入庫〜出庫となったが、209−500の1次車投入が9本予定されており、53C〜67Cの8運用は初めからそのために区別して運用をまわすこととなった。

ただし、12月8日のダイヤ改正時は209系500番代は2編成が完成していたものの、訓練のために三鷹区や武蔵小金井区へ貸出されたり、乗務員のハンドル訓練を行っている状態であり、103系が上記8運用にも入ったため、三鷹以西へ入る姿が見られる様になったわけである。

実際、1998年12月29日から209−500が2本営業入りし、さらに1998年度末までに9本全車が出揃うにつれて、この8運用には103系は入らなくなっていった。

 

しばらくは、基本的には三鷹以西で見られる103系は三鷹区の借入編成だけとなっていたが、1999年12月4日のダイヤ改正で、三鷹車から習志野車への担当変更によって三鷹以西運用が2運用(37C〜39C)増えた。

これは209系500番代2次車、さらにはE231系の投入を見越したものと思われるが、またしてもこのダイヤ改正の時点では1本も増投入車は配置されておらず、37C〜39Cは基本的には103系が入り、再び連日三鷹以西での同系を見ることができる様になった。特に37C運用の三鷹以西入線は、2137C電車での千葉発の立川行きとなり、総武線内で103系による立川行きを見ると初めは違和感があったものである。

209−500の1次車投入時と同じく、1999年度分2次車8本も12月から順次配置され始めたが、53C〜67Cが継続して209系500番代限定運用であるところを、01C〜51Cは103系・209系500番代の混使用となっていく。

2次車の最終投入分は1999年年度末の2000年3月31日に習志野区に回着、209系500番代の投入が終了、平行して東急車輛で製造されていたE231系3本も全て2月中に回着、年度内の3月中に3本とも営業入りした。

E231系は209系500番代1次車投入当初の限定運用である53C〜67Cで使用されることになり、6扉車連結のため、駅での整列乗車などの関係から週単位で6扉車入り運用を計画・周知、ちなみに三鷹区209系950番代(現E231系900番代)もこの時から同じシステムでの運用となっている。

E231の入った分、53C〜67Cから209−500が抜け01C〜51Cに回り、01C〜51Cは103系・209系500番代、53C〜67Cは209系500番代・E231系のそれぞれ混使用となった。

このE231系3本投入段階で、01C〜51Cの26運用に対して、基本的には209−500が最大12本入る以外は103系であり、まだまだ半数を上回り日常的に103系立川行きは見ることができた。

2000年4月からは2000年度分のE231系新津車両所製造車の投入が始まり、まず4月に2本、5月〜7月の三鷹区への仮投入分4本を挟んで7月下旬に1本、以降月2本の体制でE231が投入されて行く。

2000年9月末の段階で、習志野区へは東急製3本・新津製7本の10本のE231が配置、53C〜67Cは同系で賄われ、209−500は全て01C〜51Cへ、これにより26運用中17運用が基本的に209−500となり、103系三鷹以西運用が見られない日も多くなってきた。

10月・11月も2本ずつ計4本のE231が投入され、01C〜51Cにも同系が入ることにもなり、さらに103系を圧迫した。

 

そして、2000年12月2日のダイヤ改正。ラシ103系の終焉も間近に迫ってきたこの時期、三鷹以西運用には再び大きな変化があった。

前改正で2運用のムコ入庫・2運用のムコ出庫の計4運用が三鷹以西への運用となっていた習志野車であったが、この改正ではさらに三鷹車に代わって三鷹以西運用に進出、9運用が習志野区受持ちの三鷹以西運用となった。

37C〜39C、65C〜67Cの4運用であったところ、これらに加え19C〜21C〜23C、33C〜35Cの5運用が新たに三鷹以西運用となった。21Cでは武蔵小金井出庫・武蔵小金井入庫という習志野区車としては初めてのパターンも登場。

同時に運用まわしも変更され、基本的に01C〜27Cまでが103系・209系500番代、29C〜67Cは209系500番代・E231系という様に分割されている。

これを見ていただくとわかる様に、103系自体は少なくなってきているものの、103が入る可能性がある運用自体に三鷹以西へのものが3運用あり、改正前の2運用よりは増えた。

結局、この改正でのパターンで2001年3月の103系終焉を迎えるわけだが、最後まで残った2本は運用離脱直前まで19C〜21C〜23Cで三鷹以西にも入っている。

特に21Cでは平日の520Cが1日1本の国分寺発となり、103系が西武国分寺線の2000系と並ぶシーンなども見られた。

 

習志野区103系による三鷹以西の営業運転最終運用は2001年3月13日の23C運用622C武蔵小金井6:19発西船橋行であった。

 

※習志野区103系終焉間際〜最終運用については別途、追ってページを設けます。


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