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▲豊田区から転入のツヌ312編成 前面誤乗防止ステッカは小さかった 最初に転入のツヌ311も高運+小ステッカという姿
1981.10 西千葉−千葉 撮影・提供 宮本敏夫氏 | |
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▲3本目のツヌ313編成は低運車 幕張中線で、白地に黒文字編成札も懐かしいカノ101系と並ぶ 1981.1 幕張 撮影・提供 宮本敏夫氏 | |
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▲4本目、ツヌ314は津田沼区初登場のブタ鼻低運車 それも量産冷房車トップのTc213・214 トタ時代の特快板磁石跡が目立つ 1981.12 幕張 撮影・提供 宮本敏夫氏 | |
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▲5本目のツヌ315からは前面ステッカが大型に この編成の三鷹方先頭車はツヌ初登場の500番代のTc601(写真はTc69)
1981.12 西千葉 撮影・提供 宮本敏夫氏 | |
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▲小ステッカだった311〜314編成も大型ステッカに貼り替えられた 大ステッカになったツヌ311 1983.1 市川 撮影・提供 宮本敏夫氏 | |
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▲初めから大型ステッカでブタ鼻低運の317編成 4輌目のT750番代車体裾部が他車に較べて下方に出っ張っているのがよくわかる
1982.5 市川付近 撮影・提供 宮本敏夫氏 | |
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▲ツヌ320編成からは側面客扉上部のステッカが1つおきの片側2箇所となってしまった 写真はツヌ322 1982.7 津田沼 撮影・提供 宮本敏夫氏 | |
![]() ▲定期検査が編成単位ではなかった当時、入場車のみ色替がされ様々な混色パターンが見られた 両端黄色のツヌ315 1984.5.4 市ヶ谷-飯田橋 | |
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▲T772のみオレンジのままだが他車は塗替えられた転入第1号のツヌ311編成
1984.12 津田沼付近 撮影・提供 宮本敏夫氏 | |
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▲検査入場での塗替えによる混色が多くなった中、一時的なユニット交換などでも混色が発生 1ユニットだけ黄色となったパターン
1982.2 津田沼付近 撮影・提供 宮本敏夫氏 |
前ページで記した通り、豊田区201系投入による103系捻出車が続々と転属してきた。
前記の様に、オレンジのまま転入してきた元トタ車は、客扉上部と前面に誤乗防止のステッカが付けられての営業運転入りとなった。当初は全てのステッカ同じ大きさであったが、視認性向上のため前面のものが当時の中央線「特別快速」マーク大のものに変更された。また、客扉上部のものは全てのドア上に付けられたが、後に1つおきに貼られる様になっている。
具体的には、前面小ステッカは311〜314までの4本で、「高運・高運・低運・低運ブタ鼻」の順に転入、高低両方の、それも低運車はツヌ初登場のブタ鼻車についてもオレンジ+小ステッカの姿を見ることができた。
315編成からは上記の通り、大型化されたものが付けられたが、こちらも高運、低運、低運ブタ鼻というバリエーション全てが見られた。小ステッカだった311〜314も大型のものに貼り替えられたが、313だけはその前に先頭車が検査入場して黄色に塗替えられたため、大ステッカ姿は見られなかった。
なお、この前面ステッカの大型化と前後して314と315は編成番号が相互に入れ替えられている。
客扉上部ステッカについては、319編成までは全てに付けられたが、320編成からはステッカの不足もあったのか、各車とも一つおきの片側2箇所となってしまっている。
これらオレンジ+ステッカの中にあって、トタ→ツヌ転属のタイミングで検査入場して黄色に塗替えられた上で転入してきた車もあった。323編成と326編成の2本で、塗替えられたばかりだったので新車を思わせた。逆に豊田区時代に検査切れし、検査を受けてピカピカのオレンジになった途端、津田沼区に転出となった編成もあった。322編成がそれで、もう少し入場が遅ければ323・326編成と同じく塗替えの上での転属となったと思われる。
一方、オレンジで転入してきた編成も定期検査入場時に黄色への塗替えが始まった。しかし、現在の様な編成単位での入場ではなく、編成中の検査期限の迫った車だけが単独で入場するため、今度はオレンジと黄色の大混色大会が始まった。
様々な混色パターンが見られ、低運先頭車だけ黄色、低運先頭車だけオレンジ、T車だけ黄色、T車だけオレンジなど、基本的には検査周期の合わない車輛だけ違う色となっていた。
オレンジだらけ〜混色だらけは相当の長期に渡って見る事ができたが、一時期の総武中央緩行線の象徴的シーンと言えるのではないだろうか。
※宮本敏夫氏より豊田区からの転入車の形態・ステッカの状況・回送日などの非常に詳細なレポートを提供いただきました。ここでは全てご紹介できなかったのですが、改めてこのレポートを元にした詳報などをご紹介させていただけたらと思います。
※編成番号は全て転入当初のものです。