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▲南武帯で「山手線」を出すTc27 臨入したトタE40のT'c105と顔を並べる 向きの違いに注意、スカートに注目 2003.3.18 大宮工場 |
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▲シングルアームパンタを上げて仙石線内を自力回送するM8編成 2003.3.17 手樽-高城町 | |
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▲石巻で自力回送に備えてパン上げ・整備中、初陣のM1編成と並ぶM8「マンガッタン」 T'c3108の前面は009の島村ジョー 2003.3.17 石巻 | |
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▲輸送はこれまで通り、東北線郡山-小牛田間ED75・石巻線小牛田-石巻間DE10のリレーで行われた 2003.3.17 曽波神-石巻 | |
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▲帯は無く、客ドアを除き側面いっぱいに石ノ森章太郎のキャラクタステッカが貼られ「マンガッタン」となったM8編成 2003.3.14 郡山工場 | |
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▲M3108はゴレンジャーのステッカ パンタはいつもの様にシングルアームだがこのまま営業してもらいたいもの 2003.3.14 郡山工場 | |
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▲前面までロボコンのTc3108 そして車内に注目!! なんと2WAYシート 快速運用に就くための措置であろうか 2003.3.14 郡山工場 |
2002年度最後の宮城野区分M8編成は、郡山工場で改造されていたが、石巻にある、漫画家の故石ノ森章太郎氏を記念した石ノ森萬画館のPRのため、同氏の漫画キャラクタステッカを側面いっぱいに貼った漫画列車「マンガッタンライナー」として登場する。
クハ205−3108はロボコン、モハ205−3108はゴレンジャー、モハ204−3108は仮面ライダー、クハ204−3108はサイボーグ009とおなじみのキャラクタが1輌ごとに描かれている。両先頭車は前面にもステッカが貼られている。なお、客ドア部には絵がかかっていない。
主にあおば通り−石巻間の快速運用に入る模様だが、そのためかクハ205はM2〜5と同様の2WAYシート装備となっている。
2003年3月22日からイベントと共に営業運転を開始する予定であるが、郡山工場から宮城野電車区への回送は3月17日に行われる模様。
公式サイトの情報:石ノ森萬画館最新情報(http://www.man-bow.com/news/srh.cgi?act=list)
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▲一旦新宿まで来て折返す鎌総出場の元ヤテ26の6輌 元ヤテ区205顔合わせを期待したいが、この時間隣に来るのは東臨車 20023.12.13 恵比寿-渋谷 | |
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▲山手電車区入出庫線上の目黒川信号場手前で、かつての住みかを懐かしむ様に長時間停車 2003.3.11 大崎付近 | |
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▲新宿を行くM9編成 郡山工担当のM8と順序が逆に 先頭車はハエ区T164・165で、久し振りの、そして最後??の埼京線走行 2003.3.12 新宿付近 |
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▲久し振りの混色??入場回送 ハエ区T車は南武線先頭車化改造の種車となる模様 2002.12.10 新宿付近 |
2002年12月10〜11日、川越区車2輌、山手区車2輌の計4輌のT車が品川から土崎に回送された。
川越区車は、山手区6扉車T’24・25を組込んだために捻出された、ハエ12編成のT200・201。山手区車はヤテ24編成のT47・48で、こちらはM・M’71のユニットが10月22日にハエ10編成のT164・165といっしょに一足先に土崎工に回送されていたのでT車だけ余っていたもの。
T車のみで4輌の回送は、一連の転用入場では初めてで、黄緑・緑の混色での回送は、最初期のヤテT34+ハエT160、前述のヤテM・M’71+ハエT164・165に続いて3回目。いづれも土崎工への入場回送であった。
そして、今回のT47・48・200・201の4輌の内、47・48は仙石線向け先頭車化改造の種車だが、200・201は南武線の先頭車化改造種車となる模様で、T200がクハ205−1111、T201がクハ−1101となる様である。
出場は2003年度中期の様で、他工場で転用改造施工の中間車と編成を組む模様である。
※2002年8月で月毎のまとめが止まってしまっている転用改造入出場動向ですが、諸事情により3月末頃に2002年度総まとめとして更新いたします。回送や営業開始など、単発ではなるべく迅速にお伝えしていく様にいたします、遅れてしまいがちなのですが・・・
その他、ADトレインや変運用なども溜まっている分をなるべく早く更新して行くようにいたします。
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▲生まれ変わった姿で元同僚に別れの挨拶 ミノ車はスカートが無く完成形でないのがちょっと残念なところ 2002.12.13 恵比寿-渋谷 | |
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▲今回の土崎工→宮城野区回送は連結器が自連に交換され、それに伴いスカートも外されていた 2002.12.13 品川 |
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▲03E運用503E電車より営業入りしたVVVF編成E39 4M4T編成ながら強力な加速力を発揮
2002.11.23 府中本町(写真は発車待ちの1503E) | |
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▲大宮工に入場したE40は11/7に出場、同じく営業入り可状態で豊田区留置 一旦東大宮操に向かう出場シーン
2002.11.7 土呂 撮影・提供 古屋憲隆氏 |
誘導障害対策工事が終わり、豊田区で待機していた武蔵野線用VVVF制御化改造5000番代MM’を含むE39編成が、2002年11月23日の03E運用東所沢5:33発西船橋行503E電車より営業運転を開始した。
同編成は10月1〜18日に大井工で最終的なVVVF装置の誘導障害対策工事、及び場内試運転線においての影響試験を行った後、豊田区に留置されていたが、11月12日までに車内広告などを整備、翌13日からはすぐ営業に入れる状態で同区に待機していた。
11月22日に豊田区より東所沢区に送り込み回送され、11月23日からの営業入りとなった。編成札も暫定的なものから濃紺地に黄色文字の正調なものとなっている。
なお、2002年11月1日に同工事で大宮工場に入場したE40編成は11月7日に出場、こちらも広告などの整備がなされ営業入りに備えているが、しばらくは豊田区留置となる様である。
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▲名所恵比寿付近を行く仙石用改造車、2WAY車編成M3編成 品川経由回送で実現したカラフルないでたちでの里帰り
2002.11.8 恵比寿付近 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲新大久保を行く 今回はEF81牽引でそのまま仙台電車区まで回送された 2002.11.8 新大久保付近 | |
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▲仙台電車区で一泊後、翌11/9にDE10
1000代牽引でまず小牛田へ そのまま通しで石巻線も同機が牽引
2002.11.9 小牛田 撮影・提供 田中恭平氏 | |
![]() ▲自力回送で仙石線内を行くM3編成 当日は休日だったためM1・M2編成とはかなり違うスジでの運転であった
2002.11.9 手樽-高城町 撮影・提供 田中恭平氏 | |
![]() ▲多賀城でも後続電車を退避 回送時ならではの密連の空気管の姿がよくわかる
2002.11.9 多賀城 撮影・提供 田中恭平氏 | |
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▲M3編成M3103 M2編成のM3102はすぐにPS21に交換されたが、M3はしばらくシングルアームの姿が見られた
2002.11.13 宮城野電車区 撮影・提供 及川 傑氏 |
土崎工場改造の2WAYシート車組込み編成M3編成が出場、M1編成の時と同じく首都圏経由で宮城野区まで回送された。
2002年11月6日に出場、前回と同様EF81牽引+マニ50牽引により、2日かけて品川に11月7日早朝に到着、田町区に取込まれている。そして翌8日、同様の牽引で宮城野区へ向けて旅立ったが、前回の郡山までではなく、今回は仙台電車区までそのまま牽引されていった。
そして同区で一泊後、9日に仙台電車区からDE10の牽引で小牛田へ、側線で停車の後、そのままの牽引で石巻線で石巻まで回送された。
石巻で入換え、仙石線側線でパン上げで、線内は自力回送でとなっている。当日は土曜日で休日ダイヤであったため、M1・M2編成の時とはかなり時刻が異なっていた。
なお、回送時はお馴染みとなったシングルアームパンタだが、同じ2WAY編成の、郡山工改造M2編成が到着後直ちにパンタ復元されたのとは異なり、しばらくシングルアームのままであった。
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▲3本目のヤテ→ハエ転属となったヤテ17(T・T'を除く8輌) ヤテ22・23のT'を挟んで10連での出場 ハエ区としては 初の電番LED表示 行先表示器は幕式の幕が抜かれた状態での回送(T'はLED取付け済) 前面に「回送」の紙を貼付 2002.11.6 池袋 |
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▲ハエ5・25編成が前面を含めてLED化(T車は新幕化) そしてついに側面も含めて交互表示に! 2002.11.6 新宿 | |
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▲ハエ5編成の前面表示アップ ローマ字入り行先とローマ字無し「埼京線」の交互表示 側面と違い、線名表示時は種別は表示されない 種別表示幕は黒幕状態とされた 2002.11.6 新宿 | |
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▲側面は線名表示時に種別も表示 線名にローマ字は無し
2002.11.6 池袋 |
▲Tは幕式だが線名表示入りの新幕
2002.11.6 池袋 |
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▲ハエ25の行先表示器駅名対照表 大崎で表示を変える様で、緑部分JR線内表示用、青部分りんかい線内表示用 交互表示用の線名は「第2表示」となっており、埼京線・りんかい線直通、りんかい線・埼京線直通の4種類がある 2002.11.6 恵比寿 | |
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▲ドア窓小窓の元ヤテハエ29も側面LED化 T車もLEDとなっており、6扉非連結編成となる模様 前面はまだ幕式 2002.11.4 新宿 | |
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▲6扉車連結編成では初めて前面もLEDに換装されたハエ11編成 2002.11.6 新宿 | |
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▲大宮に到着したトタE40 E39編成の大井工入場に続き、大宮工に入場 同じくT車2輌を抜いた6連での回送となった 2002.11.1 大宮 |
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▲臨入での工事を終え、鎌総所を出場するワンマン車1001編成 列番表示はなぜか「205H」
2002.10.28 鎌倉総合車両所入出場線南部留置合流付近 撮影・提供 竹内洋平氏 | |
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▲運転開始記念ステッカ付で入場したが、剥がされての出場 今度はなぜか「83H」表示(実際は回9752M)
2002.10.28 大船南部留置線 撮影・提供 竹内洋平氏 |
![]() ▲TWR車に囲まれて留置されるハエ205系 右は10輌化用新造中間車
2002.11.4 八潮車輌基地 撮影・提供 高橋克典氏 | |
![]() ▲前面もLEDのハエ19編成が貸出された 検修訓練の他、入出庫線での乗務員ハンドル訓練も行われている模様
2002.11.4 八潮車輌基地 撮影・提供 高橋克典氏 |
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▲郡山工を出場、ED75
700番代に牽引され、まずは東北線仙台に到着した2WAYシート連結の第2編成 帯がカラフル 2002.10.30 仙台 |
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▲ついに通常前面車にLED表示器登場(除くJR西) 側面のみLED化されていたが遅れて前面もLEDとなったT'c127 2002.10.24 新宿 | |
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▲もちろん側面もLED行先表示器 ただしこの編成のT車は転用前提で幕式のままLEDへの交換はされていない 2002.10.24 新宿 | |
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▲転出予定のTだけ幕式表示器のハエ1編成(写真はT147) T車を除く、という形で急速に側面LED化編成が増えている 2002.10.20 池袋 | |
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▲T車なのにLED化されたT172・173(写真は173) これらは転出せず、これらを含むハエ27は6扉車非連結編成となる模様 2002.10.20 池袋 |
側面行先表示器をLED化した車が現れ話題となったハエ205系だが、このほど前面行先表示器もLED化された編成が現れた。2002年10月24日現在、ハエ13編成のクハ205−121・クハ204−121、ハエ19編成のクハ205−127・クハ204−127の2編成4輌の先頭車を確認している。これらはまず、転出予定のT車以外の側面表示器がLED化された後、改めて前面のものが交換されている。今後、他の編成も前面表示器も順次LED化される模様。
一方、T車を含め、全車LED表示器化された編成も現れている。ハエ27編成がそれで、サハ205−172・173がT車なのにLED化された。これらはT車は転出せず、同編成は6扉車を連結しないため全車LED化された様である。今のところハエ27の先頭車は前面は幕式のままだが、LED化されると思われる。
また、6扉車を含むハエ8〜11は、変則的に一部のみLED化された状態が見られたが、側面表示器は全車LED化が完了した(サハ204−902を除く)。
2002年10月24日現在確認できたものの状況は以下の通り。
●T車を除き側面LED化(一部前面含む)
ハエ1・2・13・14・19(13・19は前面もLED化)
●T(T’)車を含め側面LED化
ハエ8・9・10・11(以上6扉車連結編成:ハエ8のT’902除く)・27
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▲保安装置など整備後、屋外に出され帯変更途中の姿が見られた なぜか緑がかった窓下帯のT'c20
2002.10.11 鎌倉総合車両所 撮影・提供 竹内洋平氏 |
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▲大井工場での誘導障害対策工事を終え豊田区へ戻るE39編成 帰区数日後、T車を入れ8連組成されている 2002.10.18 荻窪-西荻窪 |
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▲1002の編成に続いて1001の第1編成も鎌総入場 事由は同じ模様 記念ステッカをつけたままでの入場だった
2002.10.15 品川構内 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲元祖205系の山手車との顔合わ ちなみに1002の編成は9/27に出場して中原区へ戻っている
2002.10.15 品川構内 撮影・提供 佐久間貴紀氏 |
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▲元ヤテ41・42に続くヤテ→ハエ3本目の転属となる元ヤテ17のうち、一部はすでにグリーン帯になり屋外に留置 2002.10.11 大井工場 | |
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▲モハ204-49と読み取れる 行先表示器は幕式の幕を取った状態で留置中 2002.10.11 大井工場 |
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▲クハ205-97のみ側面行先表示がLEDとなったハエ9 2輌目が幕式なのがわかる
2002.10.6 恵比寿 撮影・提供 竹内洋平氏 |
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▲仙石線内を宮城野区へ向けて自力回送する205-3100第一陣
2002.10.7 松島海岸-陸前浜田 撮影・提供 佐久間貴紀氏 |
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▲逆向きのまま号車札や編成番号が整備されたナハ34(右) 編番はワンマン車と同じシール式 10/5は洗浄線留置
2002.10.5 中原電車区 撮影・提供 田中恭平氏 |
大宮工場で転用改造が行われた元ヤテ18の両端3輌ずつの6連が、2002年10月3日に出場、中原電車区へ回送された。定期検査での大宮工入場車と同じく武蔵野線経由で一旦豊田区に入庫、折返し立川から南武線に入るルートで回送されたが、種車の入場時のルートの関係から編成向きが逆となってしまっていた。
この状態で方向幕や号車番号札、編成番号などは整備されたが、向きを直すため10月7日に方転回送が行われている。日中、武蔵中原−試9383M(北府中経由)→東所沢−試9384M(新秋津−国立短絡線経由)→立川−試9284M(南武線経由)→武蔵中原の行程で行われた。順向きとなったナハ34編成は10月中旬から使用開始となる模様。
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▲EF81+マニ50に推進され土崎駅に向かう3100番代初編成Tc205-3101以下4連 一般編成でブルー2色帯がさわやか
2002.10.4 土崎工場入出場線 |
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▲3/29の出場時以来の中央線複々線区間を行くE39編成 改造はMM'に対してなのでT車2輌を抜いた6輌で入場
2002.10.1 荻窪-阿佐ヶ谷 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲新宿ではこんなシーンも 湘南新宿ラインのE231、埼京線の205と顔を並べる
2002.10.1 新宿 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲山貨を行く E40も同じく大井工へ入場で同工事を施工予定 完了後はダイヤ改正を待たず営業に入る可能性あり 2002.9.25 渋谷付近 |
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▲ナハ35が10/1の21F運用武蔵中原6:34発登戸行621F電車より営業入り 同日入替わりに103系31編成が大宮工へ廃回
2002.10.1 武蔵溝ノ口-武蔵新城(写真は820F) |
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▲10/1〜のハエ20ADトレイン ナハ9ADに続いてウラ209用ステッカ、ただしこちらは直貼り 広告主はHPのOA複合機 2002.10.1 武蔵浦和 |
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▲前面表示器は幕式のままで設定器も従来のまま りんかい線乗入れに伴い順次取替えの模様 新規行先も収録済 2002.9.29 恵比寿 | |
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▲Tc96の行先表示器周辺 書体などは6扉車と同様
2002.9.29 大宮 撮影・提供 竹内洋平氏 |
▲4扉車としては南武支線1000番代に続くLED表示器 2002.9.29 赤羽 |
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▲運行番号表示が、201系やミツ区営団乗入れ車、常磐103系などと同じタイプのLEDとなったクラH9編成
2002.9.23 桜木町 撮影・提供 竹内洋平氏 |
![]() ▲35番編成となった元ヤテ19の6連 号車札も黄色のものに 9/27は日中交検庫で教習、夕方引上げ線に転線留置
2002.9.28 中原電車区 撮影・提供 田中恭平氏 | |
![]() ▲中原区の大井工定検出場スジで回送され、武蔵中原に到着した元ヤテ19の一部の6輌
2002.9.26 武蔵中原 撮影・提供 田中恭平氏 | |
![]() ▲ドア窓が小窓の南武線色がついに登場 号車札は山手区時代のままであった
2002.9.26 武蔵中原 撮影・提供 田中恭平氏 | |
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▲すでに6連に組成され出場を待つ元ヤテ19の両端3輌ずつTc19MM'55MM'57T'c19 2002.9.25 大井工場 | |
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▲クハ204-19と車番が読み取れる 保安装置はATS-P・Snに 出場は9/26の予定 2002.9.25 大井工場 |
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▲T'18・19を組込み埼京線3本目の6扉車入り編成となったハエ10 9/25の03運用402Kから営業入りの模様 2002.9.25 高田馬場付近(写真は1602K) | |
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▲大井工から川越区へ回送されるT'18・19 今回も2輌とも側面LED行先表示器付 2002.9.19 池袋 |
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▲旅客車第一整備室で最後の仕上げ中の仙石用車 帯は窓下が紺+明るいブルー、幕板部が紺の模様 2002.9.20 土崎工場 |
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▲横須賀線で大船に向かうワンマン2編成 入場事由は知らせ灯回路増設・変更、パン上げカギ外しひも改良などの模様 2002.9.10 新子安付近 | |
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▲鎌総所を出場時に5連で姿を現した時以来の品川入線 今日はMc1002+M'c1002の2連 蛇窪まではナハ大井工入場スジ 2002.9.10 品川付近 |
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▲9/1〜15運転のケヨ21使用ADトレイン マークは他線205ADで見られるステッカ 広告主は講談社ディズニー関連雑誌 2002.9.14 海浜幕張 |
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▲9/6の丸ビルグランドオープンに合わせて9/1〜15に運転されたヤテ53使用側面ステッカ付ADトレイン 独自マーク付 2002.9.15 東京 | |
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▲8/16〜31運転のヤテ53使用TCM社フォークリフトACROBAの側面ステッカ付ADトレイン 前面は通常の青円マーク 2002.8.31 高田馬場付近 | |
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▲6/1〜15運転の三菱自動車ADトレイン ヤテ16使用でマークは通常の黄色楕円 側ステッカはドアへ貼付の変ったもの 2002.6.9 代々木 |
以前こちらで紹介したADトレイン+側面ステッカの広告電車は、その後も何回か運転されているが、前面ヘッドマークは通常のADトレインのものが使用されていた。そんな中、2002年9月1日より15日まで、ヤテ53を使った丸ビルオープンPRのADトレインでは久し振りに側面ステッカ付で独自のヘッドマークを掲げて運転された。前面マーク・側面ステッカともシンプルなものであった。
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▲8/21に出場後、未使用だった元ヤテ15のケヨ23は8/27の都市対抗野球応援団臨で営業入り 8/30・31も団臨で使用 写真は団臨使用2回目の、新日鐵君津2回戦応援団の臨電で総武快速線を快走するケヨ23使用の内房線大貫発9122M 2002.8.30 下総中山付近 | |
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▲久し振りに都内に入る 目的地水道橋目前 着後は回送で中野まで走り折返し幕張区に入庫、復路使用まで待機
2002.8.30 御茶ノ水-水道橋 撮影・提供 伊藤真悟氏 | |
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▲8/27・30は復路も運転 都市対抗野球臨初の両国始発となり、205系も初の両国列車ホーム入線となった 2002.8.30 両国 | |
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▲奇跡(大げさ)の同窓会 ヤテ車だけでなく同じ編成だったT'15を組込んだハエ9も顔合わせ 近況報告でもしたか?? 2002.8.31 新宿付近 | |
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▲一般営業運転には9/1、登竜門??となった休日63運用の新習志野5:03発蘇我行563Yから入っている 2002.9.1 稲毛海岸(写真は2162Y) |
大宮工場での京葉線への転用改造を終え、2002年8月21日に出場、京葉区に回送された元山手区15番編成(T’15を除く10連:Tc15他)は、京葉区23番編成となり、前面方向幕は元ヤテ11のケヨ22に続いて白地に黒文字のものとなったが、すぐに営業運用には入らず区内で留置されていた。
そんな中、8月27日に都市対抗野球新日鐵君津チームの応援客輸送の団体臨時列車に使用され、営業運転を開始した。
当日は京葉区出庫でまず内房線大貫まで回送されたが、110km/h対応となっていないために蘇我以遠には入らない転属205にとっては珍しいシーンが見られた。水道橋まで団体乗車(内房・総武快速・総武緩行経由)。水道橋からは列番変わらず回送扱いで緩行線をそのまま中野まで走り、すぐに折返し総武緩行・総武快速線経由で津田沼に回送、幕張区に入庫している。
そして、復路まで留置されたが、復路では応援臨電始まって以来初の両国発というイレギュラーなものとなった。水道橋−両国間は一般混乗して下さい、というわけである。
このため、205系初の両国列車ホーム入線となった。幕張区出庫で津田沼から総武快速線でそのまま両国列車3番線に回送、団体を乗せ総武快速・内房線で佐貫町まで運転された。佐貫町着後は京葉区に回送、1日の行程を終了した。
8月27日は新日鐵応援客輸送用としてもう1本団臨が運転されており、こちらには似た者同士、ヤテ→ケヨ転属の先輩ケヨ22が使用され、普通顔ピンク帯の205系が白地に黒文字の「団臨」を表示して揃って活躍した。ケヨ22使用の方もほぼ同じ形態で運転されたが、基点発着地が往路と復路で逆で、佐貫町発で大貫着だった模様。なお運転順序は、往路は1便の大貫→水道橋がケヨ23で2便の佐貫町→水道橋がケヨ22、復路は1便の両国→大貫がケヨ22で2便の両国→佐貫町がケヨ23であった。
新日鐵が初戦勝利したため、8月30日にも応援客輸送の臨電が運転された。この日は往路1便・復路2便がケヨ23、往路2便・復路1便が幕張区113系6+4の10連であった。運転形態は回送まで含めて27日とほぼ同形態で、往路は水道橋着、復路は両国発であったが、基点地は2便とも大貫であった様である。
そして、翌日の8月31日は川崎製鉄千葉の応援客輸送団臨が姉ヶ崎ー水道橋間に片道1本運転されたが、これにもケヨ23が使用された。こちらの経路は京葉区出庫で姉ヶ崎に回送。内房・総武快速・総武緩行線経由で水道橋まで団臨、降客後中野まで回送、折返しは全区間回送で、逆行路で京葉区に戻っている。
元山手車のヤテ22・23にとっては、この応援臨電は久し振りの都区内への里帰りであったが、特にケヨ23の31日の中野→姉ヶ崎回送、回9145M新宿進入時には元同僚の山手区車と再会しただけではなく、つい先日まで一緒に編成を組んでいたT’15を組込んだ川越区9番編成の05運用1304Kと併走・同時進入、思わぬところで同窓会の様なシーンが見られた。
新日鐵君津・川崎製鉄千葉が勝ち進めば、試合のたびに応援臨電が運転されることになっていたが、それぞれ2回戦、1回戦で敗退してしまったため、上記3日間で運転は見納めとなってしまった。もし運転されていたら、引続きケヨ23が起用される可能性が高かった様である。
なおこのケヨ23は、9月1日、他の転入205(ケヨ21・22)が入ったのと同じ休日63運用で新習志野5:03発蘇我行563Yから一般営業運転に入った。
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▲久し振りに運転された南武線205系ADトレイン 以前のマークにウラ209ADのステッカを貼ったマークが付けられた
2002.8.31 尻手-川崎 撮影・提供 高橋克典氏 |
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▲クハ205-3102に改造中のサハ205-33 すでにFRPの前面パーツ・窓ガラスまで付けられた状態
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 | |
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▲同車運転室/客室間仕切り部分 天井には仕切りを支えるパーツがすでに付けられている
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 | |
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▲同車側面 半自動化のための開閉ボタン取付が行われている 右端は便所部分
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 | |
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▲便所部分アップ 壁となる部分の支柱が確認できる 元の側窓は蓋状に目隠し
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 | |
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▲前面内梁まで取付の終わったサハ205-38 クハ204-3102になると思われる
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 | |
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▲同上 乗務員ドア付近もまさに溶接直後といったところ
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 | |
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▲旧車番が残るサハ205-38 まだドア開閉ボタンの穴あけは始まっていなかった
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 | |
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▲モハ205-3102となるモハ205-56 客ドア半自動化のためシートは外されている
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 | |
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▲隣で作業中のMとM'の56 M'の補助電源はSIVが取付けられるが、最初の2本は103系発生品ではなく新品が付けられる模様
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 | |
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▲サハ205-37はほぼ手付かずの状態で屋外留置 今後の行く末は??
2002.8.24 郡山工場 撮影・提供 高橋克典氏 |
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▲大宮工入場のヤテ18前後3輌ずつのTcMM'MM'T'c6連 中原区転属で前にお伝えした様に一部はすでに帯変え済み 2002.8.5 代々木付近 | |
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▲中間T'とTMM'Tが抜かれ留置されるヤテ19 T'はすでに大井工に入場、TMM'Tはこの時すでに郡山工に回送済み
2002.8.13 山手電車区 | |
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▲T2輌とT'を抜かれて8連で留置されるヤテ17(右)に隠れる様に留置場所が変更されたヤテ19の6輌 2002.8.21 山手電車区 | |
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▲クハ204-17と19 ヤテ19はこの翌日大井入場 17は長い留置だったが9/24入場11/6出場予定(ハエへ)となっている 2002.8.21 山手電車区 | |
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▲8/22に大井工に入場したヤテ19 早速保安装置換装などに着手されたTc・T'c19 左は定検入場ヤテ4のMM'12 2002.8.24 大井工場 | |
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▲工事量の少ないMM'のうち、-57のユニットはまだ入場線に留置されていた 2002.8.24 大井工場 | |
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▲品川へは方転のため新宿経由ではなく新鶴見経由とされ、クモヤに挟まれ品鶴線を行くヤテ20の中間TMM'T
2002.8.20 大崎-西大井 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲お馴染みとなったシーン、星ガマに牽かれて土崎工場に回送されるヤテ20の中間TMM'T
2002.8.21 与野付近 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲鎌倉総合車両所(工場)入場のヤテ20の前後3輌ずつTcMM'MM'T'c 向きの関係で品川経由となり、一旦新宿へ入線
2002.8.21 渋谷付近 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲品川から大船までは横須賀線経由 大宮工のヤテ18、大井工のヤテ19と同じくこの6連で南武線への転用改造施工
2002.8.22 新子安付近 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲ヤテ区T'15・17の出場・ハエ9編成への組込みにより、同編成から捻出されたT162・163が8/28に大井工まで回送 2002.8.28 新宿付近 | |
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▲8/29には新鶴見経由で大崎-品川間の回送が行われ、8/30にEF81牽引で郡山工への回送が行われた
2002.8.30 駒込付近 撮影・提供 高橋克典氏 |
※「2002年国電総研スペシャル」の更新が遅くなってしまっているので、写真の解説ととも205系の動きをこちらに記します。
まず2002年8月の入場関係ですが、(編成別日付順:一部以前紹介)
●ヤテ18
T35・M53+M’53・T36(仙石線転用改造:土崎工場)
7月19日 大崎→品川(新宿経由)
7月22〜23日 品川→土崎
Tc18・M52+M’52・M54+M’54・T’c18(南武線転用改造:大宮工場)
8月 5日 大崎→大宮
T’18(埼京線転用改造:大井工場)
7月24日 大井工入場
●ヤテ19
T37・M56+M’56・T38(仙石線転用改造:郡山工場)
7月31日 大崎→品川(新鶴見経由)
8月 1日 品川→郡山
Tc19・M55+M’55・M57+M’57・T’c19(南武線転用改造:大井工場)
8月22日 大崎→大宮
T’19(埼京線転用改造:大井工場)
8月21日 大井工入場
●ヤテ20
T39・M59+M’59・T40(仙石線転用改造:土崎工場)
8月20日 大崎→品川(新鶴見経由)
8月21〜22日 品川→土崎
Tc20・M58+M’58・M60+M’60・T’c20(南武線転用改造:鎌倉総合車両所)
8月22日 大崎→大船(新宿・品川経由)
T’20(埼京線転用改造:大井工場)
8月中旬(未確認) 大井工入場
●ハエ9
T162・T163(仙石線転用改造:郡山工場)
8月28日 南古谷(電)→大崎(大井工取込)
8月29日 大崎→品川(新鶴見経由)
8月30日 品川→郡山
山手区車はすでに入場済みのものを含めて、仙石・南武セット(T’は埼京:大井工担当)がヤテ18〜29と連続の12本(2002年度は10本、2003年度が2本)、仙石転用車は土崎工・郡山工、南武転用車は大宮工・大井工・鎌倉所担当で転用改造が行われる模様です。
その後、ヤテ30は横浜線(中央MM’ユニットは仙石)へ、転用改造を担当する大井工場でデジタルATC(もちろんATS−Pも)を取付けた上で転属となる模様です。
ヤテ31〜34、43〜60、5〜10・12〜14・16の32本は、先頭車は全て武蔵野線へ、6扉T’は全て埼京線へ転用となるが、T’以外の中間車は、ヤテ31〜34、43〜のものは主に武蔵野線用(MM’はVVVF制御・誘導電動機化5000番代)と南武・仙石線(MM’)に転用、ヤテ5〜は先頭車のみ武蔵野線へ転用で、中間車は仙石・川越・鶴見・南武・南武支線に、一部はT車の先頭車化改造を含んで転用される様です。ちなみに、南武支線の残る1本の1000番代は、ヤテ9のM26+M’26が種車となる予定となっている様です。
そして、最後にヤテ1〜4はT’を除いて京葉線に転用(大井工・大宮工2本ずつ担当)される模様です。
以下先頭車ベースの転属(予定)状況
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・ヤテ 1 京葉線 |
・ヤテ27 南武線(仙石線) |
※中間車の動向を含めて、遅れまくりですが、「2002年国電総研スペシャル」でお伝えしたいところです・・・
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▲転用改造を終え川越区へ回送されるT'17・15 両車ともLED行先表示器あり ヤテ17組込みではなく先行転属 2002.8.23 池袋 |
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▲大宮工場で転用改造を受けていた元ヤテ15の内T'を除く10輌が8/21に出場、京葉区に回送された
2002.8.21 大宮構内 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲与野付近では仙石転属で土崎工入場のヤテ20中間4輌と偶然の出会い 東北へ行くもの、首都圏に残るもの、転属劇悲喜交々
2002.8.21 与野付近 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲南浦和を通過し京葉区へ向かう 今後の検査での大宮工入場時には、ここ武蔵野線を再び走ることになるだろう
2002.8.21 南浦和-東浦和 撮影・提供 佐久間貴紀氏 |
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▲大宮工得意の野外帯変え 元ヤテ18のM・M'52が窓下のみ南武帯に変更されて留置中 幕板部はウグイスのままなので計4色
2002.8.21 大宮工場 撮影・提供 佐久間貴紀氏 |
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▲8/21からは早速2本使用 弁天橋留置だった1番編成が楕円ステッカを付けて83H運用に入り南武支線初電から使用開始 2002.8.21 川崎新町 |
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▲関係者の方々に見送られ発車した205系ワンマン車営業1番電車1015H 中原区出庫時より円形ヘッドマーク付
2002.8.20 浜川崎 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲鶴見線営業所、中原電車区、鎌倉総合車両所などの関係者によるスピーチ・テープカット他セレモニーが行われた
2002.8.20 浜川崎 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲車交で入った83H運用でそのまま日中の通常運行に使用された
2002.8.20 浜川崎-川崎新町 撮影・提供 佐久間貴紀氏 |
2002年8月20日、中原区205系1000番代ワンマン車が南武支線での営業運転を開始した。前日の8月19日より営業入りの予定であったところ、台風13号の大雨でダイヤが乱れたため延期されての営業開始であった。
19日に予定されていたスケジュール通り1日スライドさせて、車輌交換による浜川崎からの1015Hへの投入、それに合わせたセレモニーなどが行われた。セレモニーは運転士への花束贈呈程度のみなどへの規模縮小も考えられた様だが、結局前日の予定通りに行われた模様。
当日は、朝は81H・83H運用とも101系が入ったが、81Hが弁天橋に回送され83H1本使用となった後、車輌交換が行われ83Hを205系とした。
具体的には、浜川崎9:58着の950Hが折返し10:15発の1015Hとなるところを着後すぐに折返し回送、中原区出庫の臨時回送で205系を送込み1015Hに充当した。これに合わせて9:45〜10:15に前述のセレモニーが行われたが、101系にしてみれば205系出発式の最中に、ひとまずの最終運用を終えるといういささか悲しい幕切れではあった。
ただし、101系に関していえば205系不調時など今後も営業運転される可能性もあり、特に101系に対してのお別れイベントなどは行われていない。ただ、2編成が使用されるというのは、この日の朝がほぼ最後となるのではないだろうか。
3月29日の出場以後、4月中旬〜6月中旬まで検修・乗務員の訓練が行われ、営業に入るかと思われたものの、車輌側の改修や運転取扱い上の問題から営業入りが遅れ、さらには大雨で1日順延となるという波乱のスタートとなった205系ワンマン車だが、初の先頭電動車・2連組成という205系に新たな1ページを作る車だけに今後の活躍に期待したい。
※先日当ページで中原区でヘッドマークを付けて営業入りに備える写真を「ワンマン1番編成」としましたが「ワンマン2番編成」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。
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▲8/11の63運用563Y電車から営業運転に入ったケヨ22 前面方向幕は103・201と同パターンの白地に黒文字のもの
2002.8.11 葛西臨海公園-新木場(写真は1763Y) |
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▲ポケモンラリーにあわせ「ポケモントレイン」を運転 8/2の04G運用504G電車から運行開始 外装はHM+側面ステッカ 2002.8.2 新宿-代々木(写真は804G) |
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▲夕暮れの大井工場で出場を待つ元ヤテ11 ドア窓が小窓の車に黄緑・水色・緑に続く4色目ピンクが登場 2002.7.30 大井工場 | |
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▲ホーム工事の進む大崎据付で埼京線の205と顔合わせ 2002.7.30 大崎 | |
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▲新宿に到着 E257系と並ぶ
2002.7.30 新宿 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲御茶ノ水を通過、総武緩行線に入り幕張に向かう
2002.7.30 御茶ノ水 撮影・提供 佐久間貴紀氏 | |
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▲総武緩行線を走り津田沼に到着 乗務員交代 2002.7.30 津田沼 | |
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▲幕張中線に到着 通常の京葉区201・103やTWR70-000系と同じく一旦幕張区に入庫 2002.7.30 幕張 | |
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▲保安装置はATCからATS-P・Snへ 2002.7.30 幕張 |
▲クハ204-11にはまだ山手区時代の11号車の札が 2002.7.30 幕張 |
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▲幕張区を総武快速線へ出庫、千葉から外房・内房線で誉田に到着 折返し蘇我に戻り、京葉線で新習志野へ 2002.7.30 誉田 | |
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▲赤色板がちょっと悲しげ?? 陽炎の立つ中、住みなれた東京を後にして東北への旅立ち T34・T160
2002.7.4 新宿-池袋 撮影・提供 佐久間貴紀氏 |
※「2002年国電総研スペシャル」の中で山手区サハ205−33を用途廃止とお伝えしましたが、実際には2002年7月1日に郡山工場へ入場回送、5日には工場構内に取込み・作業着手、先頭車化改造の他各種改造が行われ、仙石線用のクハ205−3102となって11月頃出場となる模様です。お詫びして訂正させていただきます。
また、「2002年国電総研スペシャル」も近々に訂正するとともに、新たな内容も含めて更新いたします。
ちなみに、2002年度の転用改造で仙石線・南武線へ転属となる山手車10本は、仙石線分は土崎工・郡山工・土崎工・郡山工・土崎工・・・という交互順で5本ずつ担当(最初の1本土崎分は2002年7月22〜23日に回送済み:ヤテ18のT35・M53+M’53・T36、次回郡山工分ヤテ19のT37・M56+M’56・T38は8月初頭に入場回送予定)、南武線分は大宮工・大井工・鎌倉所・大宮工・大井工・鎌倉所・大宮工・・・という順序で大宮工4本、大井工3本、鎌倉所3本の担当となる模様です。(詳細は「2002年国電総研スペシャル」にまとめます)